【差別】冨永愛の苦労(苦心)や厳しい現実とは?【いやがらせ】

冨永さんは、世界的に成功したモデルとして日本では有名な方のようでした。

成功するまでに、若い頃からいろいろな苦労を重ね、厳しい現実にも直面されてきたとのことでした。

どのような苦労をされてきたのでしょうか。

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人種差別:黒しか似合わないと言われる

いつだったかニューヨークコレクションのフィッティングで言われたことがある。 「アジア人は、黒しか似合わないんじゃない?」

それがどれだけ悔しかったことか……。

それからは、黒以外だって似合うということを証明するために、黒は一切着ないと決めていた。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.50

これは、アジア人差別といった感じでしょうか。

冨永さんは、人種差別だと憤っていらっしゃるようでした。

自分はモデルをやったことがないので、この言葉にどれほどの重みがあるのかわかりませんが、なんとなく馬鹿にされているような感じをうけることは確かですよね。

しかし、どうなんでしょうね。

アジア人は、黒しか似合わないのでしょうかね。

そんなことは別にないようなきがするのですが、このようなことを冨永さんに言った人の色彩感覚というのがいまいちわからないですね。

どうやら、当時は、アジア人は黒、というような固定観念があったようで、冨永さんに回ってくる服はいつもいつも黒だったようです。

うーん、まあ、いつもそうだとすると、ちょっと嫌な感じはしますね。

厳しい現実:存在を無視するように扱われる

私の存在を完璧に無視するように扱われたこともあった。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.56

具体的にどういうような感じだったのかは、記述がありませんでしたが、これもまた傷つく話ですね。

うーん、おそらく欧米の人なのでしょうけれども、私たちの感覚からすると、コミュニケーションの取り方が、割と乱暴なようですね。

厳しい現実:手で追い払われる、モノ扱い

人としてではなく、まるで物のように手をヒラヒラとされ、あっちへ行けというようなジェスチャーをされたことも度々あり、その度に心を打ち砕かれてきた。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.56

 

これもまた、失礼な話なのですが、どうなんでしょうね。

 

私たちの感覚だと、このようなことをすることは通常ないと思うのですが、欧米では普通なのでしょうかね。

 

冨永さんは、これについて、具体的なエピソードを記載されていました。

 

名前を呼ばれ階段を登っていくと、左手に赤いベルベット調の壁の部屋があり、その部屋の中には夥しいほどの服が並べられ、そこにドルチェ&ガッバーナのデザイナーの二人が立っていた。

それは今思い起こしても、スローモションのシーンのように蘇ってくる。

私はゆっくりと彼らの元に歩み寄り、「Nice to meet you」と言おうとしたが、そんな雰囲気ではないことを早々に悟った。

デザイナーの二人は何かに怒っているように目をつり上がらせているように見えた。しかしながら、この時期のデザイナーはピリピリしているのが当たり前だ。そんなことは気にしないように、私はできる限り悠然と彼らの前に進み出た。

「Put this on(これを着て)」と言われ、着替えたのは白のダブルボタンのロングコート。素材は厚めのウール。そして同素材のワイドのロングパンツ。

着替えて彼らの前に進み出ると、デザイナーの一人が私の前に来て、服を直したりしていた。すると突然、イタリア語で、まくし立てるように2人で話し始めた。当然、私には理解できない。

しかし、言葉は分からずとも会話の雰囲気で察することもある。なんだか雲行きが怪しい、と思っていたその時、

「Ok, thank you」

あっちへ行けと言わんばかりに、手をひらひらとされた。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.52

 

いろいろと冨永さんの記事を読んでみると、デザイナーはモデルに対して割と横柄で尊大な態度をとっているようでした。

 

私たちの感覚というか尺度で、外国人のコミュニケーションのあり方を測ってもしょうがないのですが、なんとも乱暴な人々な感じですね。

 

冨永さんの感覚では、モノ扱いをうけているような感覚だったそうです。

 

実際にそのように扱われてみないと、どんな感じかわからないとは思うのですが、想像すると、まあ嫌な感じではありますよね。

 

いやがらせ?:ランウェイでチキンレース

ランウェイで戻ってくるモデルさんが道を譲ってくれず、ランウェイの前に向かって進んでいくときに、チキンレース状態になったことがあるそうでした。

結局、戻ってくるモデルさんのほうが肩をよけたそうですが、ぶつかったようでした。

こんな、いやがらせのようなことがあるとは、モデルの世界は恐ろしいですね。

 

いやがらせ?:薄汚れたスニーカーを履かされる

冨永さんは、ラルフローレンでのフィッティングのときのエピソードを、記事にされていました。

すると、デザイナーが部屋に入ってきた。気になって見に来たのだろう。一通り私を見つめた後、指差したのは見るからに薄汚れたスニーカー。
「これを履くの?」
そこには綺麗な皮のブーツや、ヒールが並んでいるのにもかかわらず、選んだのはスニーカー。しかもその靴はフィッターが履いてきた靴らしい、というようなことをフィッターが明らかに動揺した様子で言っている。

 

「うそでしょ? 何かの冗談だ」
隣の大きな部屋に通され、何回か歩くように促されたのだが、壁一面の大きな鏡に映る自分の姿は、私のイメージしていたラルフ ローレンではなかった。
「こんなはずじゃない!」
私のNYコレクションデビューを華々しく飾るのは、こんな薄汚いスニーカーじゃない!
この日のために、ウォーキングの練習を重ねてきた。13センチものピンヒールを履いて、美しく歩けるように毎日毎日練習してきたのに……。

 

“もしかして……バカにされてる?”

今でこそ、1つのランウェイに何人ものアジア人が起用されているけれど、当時アジア人のモデルはまだまだ珍しい時代だったように思う。今のように当たり前に認められている存在ではなかっただけに、私も過敏な反応をしたのだろう。こんな考え方をしてしまうのは、私の元々の性格のせいなのかもしれない。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.4

これは、本当は馬鹿にされていたわけではないようです。

とはいえ、欧米のモデルの人々と同じような取り扱いをうけられなかったケースの一つではありそうです。

こういう、自分でどうにもできないようなことで不利な待遇をうけるというのは、嫌なはなしですよね。

自分なら、いやがらせか?、と思ってしまいそうです。

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厳しい現実:仕事が減ってくる

冨永さんは、一緒に巡業している他のモデルの人たちと、今後のキャリアについてお話されることがよくあったそうでした。

飽きたら捨てられる商品のように消費されていくことに、誰しもが不安を感じていたのは確かだ。第一線で活躍してきたトップモデルも、20代後半になると徐々に仕事が減ってくるというのは、周知の事実だった。

出典:冨永愛、モデルへの道 Vol.8

経験を積み重ねているのに、仕事が減ってくる、というのが他の仕事と違う点のようです。

ずっと続けられない仕事に時間を費やすというのは、怖い話です。

言われてみればそのとおりなのですが、モデルをしている人が、このような感覚をかかえて仕事しているとは、思いませんでした。

冨永さんは、「キャリアの積み上げが効かない」と表現されていました。

確かに、厳しい現実と言えそうです。

苦労苦心:父が家にいない

冨永さんは、高校生の頃のことを、本で書いていらっしゃいました。

友達とこんなやり取りがあったそうです。

「いいなー、愛は。わたしも背が高かったらモデルになれたのに」

わたしは、言った。

「でもあんあの家、お父さんとお母さんがいて、貧乏じゃないだろ?」

その子はそれ以上何も言わなかった。

出典:冨永愛「Ai 愛なんて大っ嫌い」(2014)

冨永さんは、当時、お母さまと姉妹といっしょに暮されており、お父様は同居されていなかったようでした。

裕福とは言えなかった様子でした。

モデルとして活躍される前から、いろいろと苦労されていたようです。

まとめ

今回は、モデルとして世界的に活躍されている冨永愛さんをとり上げました。

黒しか似合わない、存在を無視されるように扱われる、手で追い払われる、汚れたスニーカーを履かされる、仕事が減ってくる、お父様が家にいない、などいろいろと苦労、苦心されてきたようです。

モデルの世界というのは、思っているより恐ろしい世界のようでした。見ていて疲れてしまいました。

こんな苦労するくらいなら、普通でいいから楽な方を、と自分は思ってしまったのですが、皆さんはどう思われましたでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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