ロバート・クラーク・グラハムの経歴は?精子バンク閉鎖の理由は?

1980年に精子バンクが設立されました。設立者の一人は、ロバート・クラーク・グラハムという大富豪だそうです。

しかし、精子バンクは辞めてしまったようです。どんな人がはじめ、なぜ辞めてしまったのでしょう。調べてみました。

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ロバート・クラーク・グラハムのプロフィール

出典:b11wiki.org

名前:ロバート・クラーク・グラハム(Robert Klark Graham)

生年月日:1906年6月9日

死去:1997年2月13日(90歳)

出身:米国ミシガン州ハーバー・スプリングス

家族:妻、子7人?

学歴:

ミシガン州立大学(芸術学士)
オハイオ州立大学(理学学士)

経歴:

1937年 31歳 オハイオ州立大学卒、ボシュロム社に勤務
1940年 34歳 Univis Lens社に勤務
1960年~ ボシュロム社と共同でソフトコンタクトレンズ開発
1963年 57歳 マラーと精子バンク設立
1980年 74歳 ノーベル精子バンク設立
1997年 90歳 死去

プラスチックレンズの開発に従事していた人のようです。ボシュロム社というのは米国の光学機器メーカーでコンタクトレンズと眼科手術用の機器を作っているメーカーです。

グラハムさんは、様々な種類のソフトコンタクトレンズの開発に成功したことで、億万長者になられたようです。開発だけではなく、大学で教えることもされていたようです。

経歴から察するに、この人は生物学者というわけではなく、光学分野が専門の技術者、実業家というのが実態のようです。

着手のタイミングという観点からいうと、着手がもっと早いか、逆にもっと遅ければ、別の結果になっていたのではなかろうかと感じました。

グラハムさん個人に着目して評価するなら、着手時点で彼自身が高齢過ぎて、その時代の感覚や支配的な考え方というものを感じ取るだけの感受性が失われていたのであろう、という気がしました。

私たちの感覚なら、彼と同じことを同じようにしたでしょうか。生まれる側の都合を軽視しすぎているような気がします。

自分ならこのやり方ではやらなかった気がします。

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精子バンクを閉鎖したのはなぜ?

グラハムさんが想定していたほど、評判がよくなかったようです。顧客を充分に集められず、最後は資金難で閉鎖されています。

ドナーのノーベル賞学者の一人が人種差別主義者だったことが発覚し、評判が落ちたことも一因でしょう。

個人的には、医療ではなく、ビジネスとしてこれをやり続けることに、漠然とした危険を感じるのですが、気のせいでしょうか。皆さんはどう感じられるでしょう。

まとめ

今回は、かつて精子バンクを設立した、ロバート・クラーク・グラハムさんをとり上げました。レンズ開発でお金を得るのと同じようにはいかなかったようです。

そんなグラハムさんが、NHKのテレビで取り上げられるようです。どんな様子なのか、楽しみなところですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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