長井テレーゼの経歴と長井家の経済状況は?長井長義の妻がテレビ出演!

日本における薬学の父とよばれる、長井長義のご妻女の長井テレーゼさんがテレビに出演するようです。

明治から大正にかけての人なので、既に亡くなられていますが、どんな人でしょうか。調べてみました。

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長井テレーゼさんのプロフィール

出典:https://twitter.com/wiener_kongress

名前:長井テレーゼ(テレーゼ・マチアス・シューマッハ)

出身:ドイツ アンダーナッハ

生年月日:1862年

家族:夫、長男、長女、次男

経歴:

1884年 22歳 フランクフルトで長義と出会う
1886年 24歳 長義と結婚
1897年 35歳 長義が赤坂区葵町に雙葉会を創設、ドイツ語等を教える
1922年 60歳 日本を訪問したアインシュタインのドイツ語通訳を務める 
1924年 61歳 軽井沢において、胆石症で死去

故郷のアンダーナッハに送った手紙の内容からすると、テレーゼさんはホームシックにかかっていたようです。なじみのない生活に慣れるのに苦労されたようです。

日本女子大学と雙葉学園で教員をされていたようです。雙葉学園というのは、今は、女子御三家とよばれる中高一貫の女子高で有名な学校らしいです。

今、こうなっているということは、長義さんやテレーゼさんの教育は、正しかったということなのでしょうね。

大学の教授の紹介で結婚したようなので、お互い変な相手ではないと認識してはいたのでしょうが、それでも、明治時代の当時、国際結婚するというのは、大変な決断だったことと推察されます。

自分がテレーゼさんの立場なら、絶対に結婚しなかっただろうなと思うのですが、みなさんなら、どうであったと思われるのでしょう。

おそらく、テレーゼさんは、とても賢い人であったのでしょうね。

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長井家の経済状況は?

出典:徳島県製薬協会 後列左はテレーゼさんのご両親、前列は祖父母

テレーゼさんの実家はお金持ちのようです。上記の写真の身なりからしても、少なくとも貧乏ということはなさそうです(美人ですね)。

東京の渋谷で、諏訪高島藩の下屋敷跡1万坪(180メートル四方くらい?)の土地を購入して、そこに住んでいたようなので、相当お金持ちであったことがうかがえます。

軽井沢に別荘ももっていたとのことなので、お金持ちだったのは間違いなさそうです。

まとめ

今回は、日本薬学会の父、長井長義のご妻女の長井テレーゼさんについてとり上げました。賢そうな人でした。

そんな、テレーゼさんがNHKの番組で取り上げられるようです。どんな様子だったのか、楽しみなところですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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