源頼朝の井出家高麗門(井出館)の歴史は?所さんのそこんトコロ!に出演

 源頼朝ゆかりの井出家高麗門及び長屋が、2019年9月6日金曜 夜8時54分から、テレビ東京で放送される、所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!でとり上げられます。どういう歴史がある場所でしょうか。調べてみました。

井出家高麗門及び長屋の歴史

出典:wikipedia

名前:井出家高麗門及び長屋

別名:井出館(いでやかた)、井出の代官屋敷

場所:静岡県富士宮市狩宿91

歴史:

1193年5月 富士の巻狩りの際に宿泊所となった
江戸時代中期 火災により焼失、建立

 井出さんというのは、鎌倉時代以降に富士宮市に居住した豪族の人のようです。今も子孫の人々がいるのかどうかは不明でした。割と有能な人が多い家系のようで、戦国時代の戦乱を生き残り、江戸時代は幕臣として徳川家に仕えていたようです。

 鎌倉時代初期における最高権力者の宿泊施設として指名をうけるくらいなので、井出さんはおそらく、偉い人であったのでしょう。総理大臣や大統領のような人が宿泊する場所といえば、今なら、迎賓館とか帝国ホテルでしょうか。このように考えると、もしかしたら、当時はもっと大きな建物だったのかもしれませんね。

源頼朝との関係は?

出典:wikipedia

 1193年に源頼朝さんが、静岡県御殿場市から富士宮市あたりで行った大規模な狩猟の際に、ここを陣所としたと伝えられています。

 「富士の巻狩り」という有名な狩猟大会だったようです。当時の狩猟は、遊びではなく、軍事演習という位置づけだったそうなので、今でいえば、富士総合火力演習のようなものでしょうか。

 日程は、1日で終わりというわけではなく、10日以上は行ったようです。しかも、有名な武将だけでも60人以上参加したようですから、その部下の従業員さんである武士たちも入れると何百人という参加者がいたのかもしれません。こんな狭いところに武士が大挙して押し寄せたのかと想像すると笑ってしまいますね。実際には、分散して宿をとったのでしょう。

 しかし、日程が長い気がします。源さんは今ふうにいえば、総理大臣か統合幕僚長、あるいは大企業の会長のような立場だからいいでしょうが、付き合わされる側は大変です。従業員クラスの武士の皆さんは、口にこそ出さないでしょうが、内心「(はよ終われよ)」と思っていたに違いない、と800年以上も前の武士の心情を推測するのですが、どうでしょうか。

まとめ

 今回は、静岡県富士宮市にある井出家高麗門及び長屋についてとり上げました。源頼朝さんが富士の巻狩りの際に宿泊したと伝わる場所でした。

 そんな井出家高麗門及び長屋が、2019年9月6日金曜 夜8時54分から、テレビ東京で放送される、所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!でとり上げられます。内部の様子や、井出さんの話しなども少しは聞けるかもしれません。楽しみなところですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。