廣戸道場、廣戸聡一さんの経歴は?骨法で何かあったの?

スポーツ整体という分野で活躍されている、廣戸聡一さんという方がいらっしゃるそうです。

4スタンス理論という独自の理論で活躍されているようですが、過去に何かあったのではないかと噂されているようです。何があったのでしょうか。調べてみました。

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廣戸聡一さんのwiki風プロフ

出典:廣戸道場

名前:廣戸聡一(ひろとそういち)

生年月日:1961年(58歳)

出身:東京都

経歴:

1988年 骨法から離れる
1989年 スポーツ整体「廣戸道場」を開く
2010年 日本オリンピック委員会強化スタッフ

専門学校では整体を学ばれたようです。いろいろ調べたところ、あまり公にしていない経歴があるようです。

骨法で何があったの?

実は、過去に、骨法という武術に関与されていたことがあるようです。廣戸道場の廣戸さんの経歴をみても、骨法のことは一文字も書いてありません。

一体、どういうことでしょうか。なぜ書いていないのでしょうか。何があったのでしょうか。

骨法を始めた人は誰?

出典:efight.jp 

堀辺正史氏

堀辺正史(せいし)という人です。1976年に始めたようです。奈良時代から伝わるという骨法の52代目、一子相伝で父から技を伝授された、という触れ込みで門弟を増やしていったようです。

しかし、本当は創作の新興武術で、日本の柔術と中国の詠春拳という武術を合わせたものにすぎなかったようです。

インターネットが普及する前ですから、嘘もばれなかったのでしょう。見るからに胡散臭い人に見えますが、見る人を魅了する話術やオーラを持っていた人のようです。

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廣戸さんとの関係は?

道場には、当初は、2人の非常に優れた門弟がおり、人気があったようです。この門弟の技術の高さゆえに、堀辺氏は自身の考える骨法を具体化できていたようです。

そして、この非常に優秀な門弟の1人が、廣戸さんでした。骨法最強の男といわれるほどの力量だったようです。

見る人が、自分も骨法をやりたい、と思うほど見事なものだったそうです。なぜ、経歴に書かないのでしょう。

1988年に破門?

2人の間に何があったのかはよくわかりませんが、袂を分かつときに、堀辺氏から「私の目の黒いうちは骨法のことは語るな」と言われたようです。

廣戸さんは、堀辺先生のところで実験した、というようなことと、堀辺先生から教えてもらったのは、武道観といった観念的な部分だということをおっしゃっています。

特にトラブルのようなものがあったわけではなさそうです。辞めるときに何か色々あったのでは?という推測をする人もいるようですが、そうではないと感じました。

単純に自分の知りたいことを、実験させてもらって、それが終わったから辞めたのではないでしょうか(理由の詳細記事)。

堀辺氏が、「骨法について語るな」と言ったのは、競業防止ために、骨法の道場を開いてくれるな、という程度の意味ではないかと思います。

経歴にかいていないのは、堀辺氏がそのように言ったことが一因でしょう。

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道場のその後

廣戸さんと最上さんという二人の優秀な門弟がいなくなったことで、道場のレベルは一気に落ちてしまい、他の人も大量に離脱したようです。

骨法は当初はとても人気があったようですが、しょせん創作にすぎず、技術的な裏付けがないことから、大原学さんという方が、試合で惨敗してしまい、骨法は信用されなくなったようです。

また、インターネットが普及しはじめると、堀辺氏の骨法の経歴の嘘もばれてしまったようです。

ブラジリアン柔術やバーリトゥードという試合形式に対応するためか、骨法のペチペチを捨てて、寝技主体になるなど、内容も変質し、練習するほど弱くなるという体たらくだったようです。

暴行事件のようなこともあったようです。

こういうことがあって、廣戸さんとしては、あまり骨法とかかわりを持ちたくない気持ちがあって、それで経歴に書いていないのかもしれません。

まとめ

今回は、スポーツ整体で有名な、廣戸聡一さんについてとり上げました。骨法の経験のある方のようですが、何かトラブルがあったというわけではないようです(理由の詳細記事)。

そんな廣戸さんが、2019年10月4日、夜8時からNHKEテレで放送される、あしたも晴れ!人生レシピに出演されるようです。どんなお話しをされるのか、楽しみなところですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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