バスキアの生涯、両親や友人・知人との関係は?死因は何?ダリと比較

バスキアの作品(Untitled)が、2017年5月に約123億円で価格で落札されました。

過去に、ダリの「Portrait de Paul Eluard」(ポール・エリュアールの肖像)は17億円程度で落札されています。

出典:wikiart https://www.wikiart.org/en/salvador-dali/portrait-of-paul-eluard

ダリよりも高く落札されるような絵を描く、バスキアとはどんな人でしょうか。両親はどんな人でしょうか。友人・知人との関係はどんな感じだったのでしょう。どのような死に方でしょうか。ダリと比べつつ調べてみました。

スポンサーリンク

バスキアの経歴

出典:wikiart https://www.wikiart.org/en/jean-michel-basquiat

名前:Jean Michel Basquiat

生年月日:1960年12月22日

死去:1988年8月12日(27歳)

出身:ニューヨーク市ブルックリン

経歴:

幼少期 母親に美術館に連れていかれる
1967年 07歳 Saint Ann’s Schoolに通い始める
1968年 07歳 解剖学の教科書を母親から受け取る、両親が離婚
1976年 16歳 スプレーでの落書きを始める
1977年 17歳 エドワードRマロー高校中退
1981年 21歳 初の個展を開く
1983年 23歳 グレートジョーンズに住み始める
1988年 27歳 薬物過剰摂取で死去

1960年生まれなので、2019年に生きていれば59歳。日本で1960年生まれの人は、俳優の真田広之とか、アニメーターの庵野秀明とかでしょうか。今の59歳というのは、まだまだ活躍できる年齢です。

バスキアは27歳で亡くなっています。生きていればこの30年でどれほどたくさんの絵をかけたでしょう。これからどれだけたくさんの絵をかけたことでしょう。と思うと気の毒でなりません。

バスキアは唐突にストリートアートを行い始めたわけではなく、幼少期から芸術分野の教育を受けています。Saint Ann’s Schoolも、エドワードRマロー高校もどちらも芸術系の学校です。街中に落書きなどしているので、てっきり満足に教育を受けられなかった階層の人かと思っていましたが、そうではないようです。

ダリも少年時代に周囲から絵画の才能を認められており、17歳ごろ王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学しています。バスキアもダリも、子供のころから、周囲の人が見てわかるような才能があり、教育も受けているわけです。

両親との関係は?

母親が早期にバスキアに芸術分野への道筋をつけていったようです。父親との関係については、17歳のときに勘当されているようです。

一方、ダリの両親は、美術関係の人物ではなかったようですが、ダリの才能に気づき美術の教育を受けさせています。もっとも、ダリ自身は両親を嫌っていたようです。

よい教育を受けさせても、子供とは必ずしも良好な関係になるとはかぎらないのが普通なのかもしれません。

友人・知人との関係は?

バスキアにはアル・ディアス(Al Diaz)という高校時代の友達がおり、SAMO名義でともに活動していたようです。活動の方針の違い(バスキアは積極的に宣伝、ディアスは匿名での活動を希望)が原因で不仲となり解散しています。

ダリはシュルレアリストのグループに参加していましたが、運動の中心人物であるアンドレ・ブルトンから除名されています。

力のある人同士の関係というのは、長続きしないものなのかもしれませんね。

スポンサーリンク

死因は何?

直接の死因は、バスキアはヘロイン過剰摂取、ダリは心不全ですが、間接的には心の支えを失ったことかもしれません。

バスキアには、アンディ・ウォーホルという親友、ダリには、ガラ・エリュアールという妻がいましたが、心の支えを失った後、バスキアもダリも活動が停止しています。ウォーホルやガラが長く生きていれば、バスキアもダリも別の死に方をしたのではなかろうか、という気がしました。

まとめ

今回は、27歳でこの世を去ったバスキアを取り上げました。母親からはいい影響を受けたようです。盟友のディアスとは不仲になってしまいました。死因は薬物過剰摂取。ダリと共通する点がいくつか見られました。

日本では、最近になって注目されるようになったようです。今後も美術展があるかもしれません。実物を一度見てみたいものですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スポンサーリンク